3/27 定規(じょうぎ)

自分はダメだとか、自分は劣っているという劣等感って
どこから来るんでしょう。

人から言われたから?

それも一つの要因かもしれません。

しかし原因ではありません。

"劣っている"と"感じた"からです。

つまり、感情です。

感情は自分が決めるものです。


難しいですか?

いいんですよ。
なんとなく読むだけでもかまわないんです。



では"劣っている"と"感じた"感情はどこから来るのか
ではもうちょい掘り下げてみますね。

劣等感の根っこの部分です。


それは、自分の定規で自分を測るのではなく、
他の人の定規を基準にして自分を測ろうとするからです。


この間の記事みたいになりますが、
自分と人は違うのに、『他の人が標準だ』と思い込むのです。


インチの定規とミリの定規のように、一人一人の目盛りは違うのに、
"他の人基準"で自分を見てしまうから
優れてるか劣っているかを
常に気にしなければなりません。


それってしんどいですよね。


優れてるか劣っているかを
常に気にするのもしんどいのですが、
さらにしんどいのは
劣等感にのまれるということは、同時に
優越感を求めるということでもあります。

優位に立とう立とうとすればするほど、
余計にいらないことまで考えて
貴重なエネルギーを消耗してしまいます。

優位に立てたときはまだいいのですが
そうじゃなかったときはひどく落ち込むんです。

落ち込むところで踏みとどまればいいのですが
その期間が長引くと惨めな気分が増加します。

思い当たる方、結構いません?^^


んじゃあ、もう"他の人の基準"は本日をもって終了!と宣言してください。

あなたの定規は他の人を測れませんし、
他の人の定規はあなたを計れないのです。


ある本にこんな一文が書かれていました。

『あなたについての真実はこうだ。
あなたは、「劣って」はいない。
あなたは、「優れて」もいない。
あなたは、ただ「あなた」であるにすぎない』。。。と。


どうですか?響きました?


つまり、私が解釈するには
自分っていう存在は、以上でも以下でもないということです。

あなたがあなたの基準なんですから。


そう思うと空がいつもより青く見えますよ^^


合掌。
by hal-min | 2014-03-27 23:59 | スピリチュアル | Trackback
トラックバックURL : https://kokoroten.exblog.jp/tb/21908327
トラックバックする(会員専用) [ヘルプ]


<< 3/28 目が(はーと) 3/26 今回の(しんげつ) >>