誰しも、生きている中で「嫌だったこと」、
「傷ついたこと」のひとつやふたつはあると思います。
それはただの一言だったかもしれないし、
それは長い時間をかけて心に残った出来事かもしれません。
そして、そういった「嫌だった体験」は、
なかなか記憶から消すことができません。
まして、誰かの言動によって傷ついた心は、
時間が経っても癒えないことさえあります。
その痛みを、正当なものとして持ち続けることは、
時として“自分を守る術”にもなります。
しかし、その一方で、そこにばかり囚われ続けていると、
私たちは“未来に踏み出す力”を少しずつ失っていってしまうのです。
ここで、一つの視点を持ってみてほしいのです。
それは、「された嫌なこと」と同じくらい、
「された嬉しかったこと」もあったのではないか、ということ。
たとえば、辛い時に誰かが黙ってそばにいてくれたこと。
何気ない一言があなたを救ってくれたこと。
自分の不器用さを、笑い飛ばして受け入れてくれた人。
失敗したときに、叱るのではなく支えてくれた存在。
その記憶もまた、確かにあなたの中にあるはずです。
人は「嫌だったこと」には敏感に反応します。
なぜなら、それは“生存本能”に根差しているからです。
危険や痛みに敏感であることで、人は命を守ってきた歴史があります。
同時に、私たち人間には「優しさや思いやりを記憶し、再生する力」もあるはずです。
そして、「嫌なことばかりにフォーカスして生きる」というのは、
自分の波動を重くしていく行為でもあります。
重い波動は、同じような重い出来事を引き寄せてしまいます。
反対に、「嬉しかったこと」「感謝できること」に光を当てていくと、
心は軽くなり、現実も変わっていきます。
“傷”を否定する必要はありません。
それを無理やり忘れようとする必要もありません。
ただ、それと同じように、
“優しさ”や“あたたかさ”にも、もう一度目を向けてみることも大事です。
されて嫌だったことが、あなたを傷つけたように、
された嬉しかったことも、またあなたを救っていたのです。
「記憶」は選べませんが、
「どの記憶に光を当てるか」は、あなたが選べます。
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