限界は誰が決めるのでしょうね。
人が決めるのでしょうか。
違います。
自分が決めます。
全く関係ない話のようですが、
私は昔から【こんなことをした時がオッサンになった時】という
自分なりの『オッサンの定義』を持っていまいた。
それは、風呂上がりに体を拭く時に
タオルで体をパンパン叩きながら拭いたらオッサンに
なる時です。
(いつも気を付けているのですがこの前、
体を拭く時にタオルで一瞬叩きそうになったので
ハッと気付き、ギリギリセーフでした。)
私の場合、何歳になったらとか何歳からがオッサンという
考えはありません。
これは自分で決めていることなので
もちろん人それぞれのご意見やお考えがあると思います。
正解や不正解はないと思います。
なぜこんな話から始めたかというと、
『限界は人が決めるのではなく自分が決める』ということを
知っていただきたいからです。
『もう歳だから』
『もう60だから』
『みんながダメだというからどうせ。。』
『男だから』
『女だから』
『もうこの歳だから』
『今さら始めても遅いに決まっている』
『こんな状態だ。もう手遅れだ』
このようなことを言っている人と接したことがあると思います。
もしかしたら自分自身このような言葉を発しているかも知れません。
でも限界や天井を決めているのは他人でしょうか。
よくよく考えてみると自分自身の思いが決めていることに
気付くはずです。
お年寄りの方でも若い女の子ように可愛らしい人が
います。
その方は周りから何といわれても『私は女の子』という
気持ちを持っています。
恋もします。
自分は年寄りだ。もうじきお迎えが来るなんて思っていません。
やがて、しぐさ、声の張りなどに出て来て
イキイキとした表情が人相に出ます。
(森光子さんもそうですね)
その方は年寄りという天井を取っ払っているのでしょう。
これは何事にもいえます。
仕事や恋愛、趣味、人間関係、健康のことなど。
もし人から嫌なことを言われたら、どうしても
そちらを真剣に考えてしまいます。
人として生まれた以上、不安なことほど真剣に考えてしまうのは
当然のことです。
これはなにも恥ずかしいことや格好悪いことでも
ダメ人間の烙印でもありません。
もし私も誰かにグサッとくることを言われたら
そっちを真剣に考えてしまいます。
でも『ダメかどうかを決めるのは他人ではなく自分』と
すぐに思うようにしています。
(そう思えるまでには多少の努力は必要でしたが)
誰しも幸せになる権利があります。
その途中、色んな苦難や困難があるかと思います。
でも『もうダメだ』と天井をつくってしまえば
見事にそれが限界点になります。
ウソでもいいから『まだなんとかなる』、
『これでダメになった訳じゃない』、
『現状は変えることができる』と思ってください。
これはなにも歯をくいしばって頑張らんかい!という
根性論でもなんでもありません。
泣いてもいいし、くじけてもいいし、
落ち込んでもいいんです。
ただ、何事も自分でつくった天井を取っ払うことが
全てのスタートになること、そして
未来を変えていくことに繋がることを
どうしても伝えたかったので。。。
自分は本当に幸せになれるかなぁって?
なれます。
まずは自分で決めたまたはそう思い込んだ
天井(限界点)を取り払ってください。
必ず未来が変わります。
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