とくに50代以上の方は若い頃を思い出してみてください。
あの頃は、できたことよりも、
できなかったことの方が強く心に残っていたのではないでしょうか。
テストで90点を取っても、
間違えた10点が悔しかったり、
うまくいった恋愛より、振られた経験の方が記憶に残ったり。
褒められた回数より、否定された一言の方が刺さったり。と。
このように人はなぜか、「できたこと」よりも、
「できなかったこと」に意識が向きやすくできています。
これは、性格がネガティブだからではありません。
脳の仕組み自体が、人は足りないものに注意を向けるようにできています。
成長期ならなおのことです。
若い時は可能性が広がっている分、
「まだできないこと」が山ほどあります。
よって、そこへ意識が向くのは自然なことです。
それは向上心の裏返しでもあります。
そして年月が経つと、今度は別の現象が起きます。
昔は徹夜できたのに、今はできない。
あんなに走れたのに、今は息が上がる。
記憶力も瞬発力も落ちた気がするというように。
すると今度は、「昔できたこと」と「今できないこと」の両方に意識が向き始めます。
これ、とても自然なことです。
人は変化を敏感に感じ取ることができる生き物です。
特に“衰え”と感じる変化には強く反応します。
なぜなら、生存本能が働くからです。
若い頃は「まだ足りない」に反応し、
年齢を重ねると「失われた」に反応します。
どちらも脳の正常な働きです。
しかし、ここでひとつ重要な視点があります。
それは、「できないこと」に意識が向く時、
同時に「できるようになったこと」も必ず存在している、ということです。
若い頃にはなかった経験値や、失敗を乗り越えた強さ。
人の気持ちを察する力や、無理をしない判断力。
瞬発力は落ちたかもしれないけれど、
持久力は増しているかもしれません。
スピードは落ちたけれど、
精度は上がっているかもしれません。
もしくは、今の自分に合った行動量のさじ加減など。
これは心や魂の成熟の過程でもあります。
若い頃は“拡大”のエネルギーが強いので、
外へ外へと広がり、
自分の限界を試す時期です。
だからできないことに敏感になります。
年齢を重ねると、再構築の力が強くなります。
外へ広げるより、内側を深めることができます。
しかも、量より質、速さより深さを追求することができます。
ところが私たちは、常に若さの物差しで自分を測ろうとしてしまいます。
だから苦しくなるのです。
そして昔の自分と比べて落ち込みやすくなるのはそのためです。
しかし、本来はステージが変わっています。
ゲームのレベルが上がれば、求められる能力も変わります。
にもかかわらず、レベル1の基準でレベル5の自分を評価してしまうと、
「できない」にばかり目が向きます。
つまり、春、夏、秋、冬でその季節に適したものを着るように、
人生の四季も、心にどんなものを着るか変えなければなりません。
人は本能的に不足に目が向く生き物です。
それは進化のために必要な機能だったからです。
しかし、意識してバランスを取らなければ、
自分の価値を過小評価し続けることになります。
若い時に「できなかった自分」を責め、
年齢を重ねて「できなくなった自分」を嘆くのも、
どちらも自然な反応です。
そこで、自分にこう問いかけてみてください。
「では、今できるようになったことは何?」と。
その問いを持った瞬間、見える景色が変わります。
できないことに意識が向くのは、
人間として自然です。
しかし、できることに目を向けるのは、意識の選択です。
人生は減っていくだけではありません。
形を変えて、深まっていきます。
できなかった過去も、できなくなった現在も、
すべてが今の自分を形づくっています。
そして今日も全ての人が、何かを失いながら、
同時に何かを手に入れています。

